
柳原良平主義 ~RyoheIZM~10

柳原良平主義 ~RyoheIZM~10
Sep 7, 2023

帆走客船に乗って
帆走客船に乗って
線画の味わい、再び
線画の味わい、再び
『帆走客船』とだけ題された、ペンによって描かれた原画を見た。モノクロでシンプルな線画だが、マストや飛び出した船首、帆はもちろん、帆綱(ほづな)をはじめとする多くのロープに至るまで、きっちり描き込まれている。
このあたりの細かさは、やはり船を知りつくしている柳原の真骨頂である。などと一見した段階では、しかも素人目だからか、そのように見えてしまったわけだが、しばらくして、そんな単純なことではないのかもしれないと思い直した。
『帆走客船』とだけ題された、ペンによって描かれた原画を見た。モノクロでシンプルな線画だが、マストや飛び出した船首、帆はもちろん、帆綱(ほづな)をはじめとする多くのロープに至るまで、きっちり描き込まれている。
このあたりの細かさは、やはり船を知りつくしている柳原の真骨頂である。などと一見した段階では、しかも素人目だからか、そのように見えてしまったわけだが、しばらくして、そんな単純なことではないのかもしれないと思い直した。
アンクル編集子の脳内劇場
8月に横浜で行われた柳原の展覧会に行って以来、柳原良平の原画を観てクセになってしまったことがある。それは、もし柳原本人が横に立っていたら自分はなんと言うだろうか、そして柳原がなんと答えるだろうかと想像(妄想)するという、いわば脳内寸劇が始まるようになったのだ。
書くのも恥ずかしいが、たとえば「細部のロープまで描かれるところなど、船を知り尽くした方の作品は違いますね」などと評したとする。そのときバーチャル柳原良平は、間髪を入れずに「そうしないと帆船にならないでしょ」と答えてきた。傍目には沈黙の3秒間だが、脳内ではそんなやりとりがなされていた。
シンプル、かつ微細
アンクル編集子の脳内劇場
柳原の作品については過去に、省略できるところは省略してシンプルに仕上げるところに特徴があるといったことを書いた。だがそんな柳原が帆船のロープまで描き込むのは、確かに細かい作業ではあっても、省略できない描写だったということになる。
実際、過去の本コラム『06「船キチ」のよこはま愛・みなと愛』で紹介した帆船日本丸(文末に再掲載)の切り絵にも、ロープがペンで書き込まれていた。シンプルを身上とする切り絵においても、だ。
8月に横浜で行われた柳原の展覧会に行って以来、柳原良平の原画を観てクセになってしまったことがある。それは、もし柳原本人が横に立っていたら自分はなんと言うだろうか、そして柳原がなんと答えるだろうかと想像(妄想)するという、いわば脳内寸劇が始まるようになったのだ。
書くのも恥ずかしいが、たとえば「細部のロープまで描かれるところなど、船を知り尽くした方の作品は違いますね」などと評したとする。そのときバーチャル柳原良平は、間髪を入れずに「そうしないと帆船にならないでしょ」と答えてきた。傍目には沈黙の3秒間だが、脳内ではそんなやりとりがなされていた。
シンプル、かつ微細
柳原の作品については過去に、省略できるところは省略してシンプルに仕上げるところに特徴があるといったことを書いた。だがそんな柳原が帆船のロープまで描き込むのは、確かに細かい作業ではあっても、省略できない描写だったということになる。
実際、過去の本コラム『06「船キチ」のよこはま愛・みなと愛』で紹介した帆船日本丸(文末に再掲載)の切り絵にも、ロープがペンで書き込まれていた。シンプルを身上とする切り絵においても、だ。
横と縦では大違い
さて、この絵の話に戻る。4本マストの帆船といえば、それこそ帆船日本丸が思い浮かぶが、日本丸は横帆(おうはん)で、この絵は同じ4本マストでも縦帆(じゅうはん)の、スクーナーと呼ばれるタイプの帆船だ。
ちなみに横帆とは、船の中心線に対して垂直方向に帆を張る方式で、たとえば『ワンピース』のルフィが乗るメリー号やサウザンドサニー号などはこれに当たる。基本的には追い風を効率的に動力にしており、速度が出る船だ。
これに対して縦帆とは、中心線に沿った方向に帆を張る方式のことで、たとえばヨットなどはこのタイプ。風上に向かったり回船能力に長けているのが特徴だ。柳原が書いたのはこちらのタイプの帆船だ。
横と縦では大違い
さて、この絵の話に戻る。4本マストの帆船といえば、それこそ帆船日本丸が思い浮かぶが、日本丸は横帆(おうはん)で、この絵は同じ4本マストでも縦帆(じゅうはん)の、スクーナーと呼ばれるタイプの帆船だ。
ちなみに横帆とは、船の中心線に対して垂直方向に帆を張る方式で、たとえば『ワンピース』のルフィが乗るメリー号やサウザンドサニー号などはこれに当たる。基本的には追い風を効率的に動力にしており、速度が出る船だ。
これに対して縦帆とは、中心線に沿った方向に帆を張る方式のことで、たとえばヨットなどはこのタイプ。風上に向かったり回船能力に長けているのが特徴だ。柳原が書いたのはこちらのタイプの帆船だ。
自分を描いた理由
そして、その帆船の甲板上、デッキチェアに足を組んで座っているのは、定番のアンクル船長ではなく柳原自身だ。柳原は、自身の似顔としてこのキャラクターをよく絵の中に登場させる。帆船による旅を楽しんでいるのか、表情もご機嫌なご様子。
ふと思ったのは、彼はどうして帆船に自分を乗せようとしたのだろうということ。世界中を船で旅した彼だが、ひょっとして帆船では長期の旅行をしたことがなかったのだろうなどと考えた。
帆船の歴史
帆船には長い歴史がある。起源はそれこそ紀元前とも言われ、15世紀から始まった大航海時代に全盛を迎える。コロンブスもヴァスコ・ダ・ガマもマゼランも、みんな帆を操りながら船旅を続けた。
16世紀にはスペイン軍が無敵艦隊を編成して世界にその名を轟かせ、19世紀には有名なカティサーク号など大型のクリッパー船が、一刻も早く紅茶を届けんと、イギリスに向け全速力で海を駆けた。
そもそも船は、冒険や未知への旅の象徴だ。だから多くの冒険物語や海洋小説、神話を生んできた。
しかし19世紀に蒸気船、そして汽船の登場とともに帆船は衰退し、海運の主役から降りることになる。帆船は現在、船員の練習用や競技用の用途で使われている。
競技とは、有名なアメリカスカップや各種ヨットレースのことで、もちろん今も行われている。長い歴史を経てきたせいもあり、欧米では帆船の文化が根付いているのだ。
そんな歴史とロマンの象徴である帆船に柳原は、アンクル船長ではなく自分を乗せた。帆船による船旅は、現在の豪華客船でのそれと比べれば、利便性や乗り心地は天と地ほども違ったろうが、冒険精神に溢れていた。そのスピリットを感じたくて柳原は、この船に自分を乗せた、としておこう。
コロンブスが乗った横帆船は大西洋を行き来したが、この絵にある縦帆船は、大西洋はもちろんインド洋を越え、インドや中国を行き来していた。そんな歴史くらい、柳原良平なら熟知しているはず。南海交易の航路をひた走る洋上に想いを馳せたりしていたのだろうか。(以下、次号)
自分を描いた理由
そして、その帆船の甲板上、デッキチェアに足を組んで座っているのは、定番のアンクル船長ではなく柳原自身だ。柳原は、自身の似顔としてこのキャラクターをよく絵の中に登場させる。帆船による旅を楽しんでいるのか、表情もご機嫌なご様子。
ふと思ったのは、彼はどうして帆船に自分を乗せようとしたのだろうということ。世界中を船で旅した彼だが、ひょっとして帆船では長期の旅行をしたことがなかったのだろうなどと考えた。
帆船の歴史
帆船には長い歴史がある。起源はそれこそ紀元前とも言われ、15世紀から始まった大航海時代に全盛を迎える。コロンブスもヴァスコ・ダ・ガマもマゼランも、みんな帆を操りながら船旅を続けた。
16世紀にはスペイン軍が無敵艦隊を編成して世界にその名を轟かせ、19世紀には有名なカティサーク号など大型のクリッパー船が、一刻も早く紅茶を届けんと、イギリスに向け全速力で海を駆けた。
そもそも船は、冒険や未知への旅の象徴だ。だから多くの冒険物語や海洋小説、神話を生んできた。
しかし19世紀に蒸気船、そして汽船の登場とともに帆船は衰退し、海運の主役から降りることになる。帆船は現在、船員の練習用や競技用の用途で使われている。
競技とは、有名なアメリカスカップや各種ヨットレースのことで、もちろん今も行われている。長い歴史を経てきたせいもあり、欧米では帆船の文化が根付いているのだ。
そんな歴史とロマンの象徴である帆船に柳原は、アンクル船長ではなく自分を乗せた。帆船による船旅は、現在の豪華客船でのそれと比べれば、利便性や乗り心地は天と地ほども違ったろうが、冒険精神に溢れていた。そのスピリットを感じたくて柳原は、この船に自分を乗せた、としておこう。
コロンブスが乗った横帆船は大西洋を行き来したが、この絵にある縦帆船は、大西洋はもちろんインド洋を越え、インドや中国を行き来していた。そんな歴史くらい、柳原良平なら熟知しているはず。南海交易の航路をひた走る洋上に想いを馳せたりしていたのだろうか。(以下、次号)

アンクル編集子
※編注
「船キチ」という表現は「尋常ではない船マニア」といったニュアンスを表しています。柳原良平が自著の中で、主に自身に対して頻繁に使用している表現ですが、そこに差別や侮蔑の意図はまったく感じられません。従って本コラムでは、他の言葉に置き換えず、あえて「船キチ」という単語をそのまま使用しています。

柳原良平(やなぎはら・りょうへい)

アンクル編集子
※編注
「船キチ」という表現は「尋常ではない船マニア」といったニュアンスを表しています。柳原良平が自著の中で、主に自身に対して頻繁に使用している表現ですが、そこに差別や侮蔑の意図はまったく感じられません。従って本コラムでは、他の言葉に置き換えず、あえて「船キチ」という単語をそのまま使用しています。
参考文献
・『船旅絵日記』(徳間文庫)
柳原良平原画・複製画
柳原良平原画・複製画
柳原良平アクリルフォト
柳原良平アクリルフォト
柳原良平主義 ~RyoheIZM~
アンクルトリス(アンクル船長)は2.5頭身。そして、ちびまる子ちゃんも2.5頭身だ。これに気づいたときは驚いた。気付いた自分を褒めてやりたい!
ちびまる子ちゃんの著者、さくらももこは、ちびまる子ちゃんのキャラクターを完成させるにあたって柳原良平、またはアンクルトリスを意識などしていなかっただろう。両者ともすでに故人となっているので知ることはできないが。
山口瞳といえば、寿屋(現サントリーホールディングス)時代の柳原良平の同僚であり、「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」の名コピーを考えた人物として、本稿の読者ならすでにご存知のことと思う。
レイを首にかけたアンクルトリスとハワイ各島のイラストによる地図、そこにこのコピーが配された新聞の広告やテレビCMは大きな反響を呼び、この年(1961年)の流行語となるほど広まった。
アーティストはみな独自の個性を持っているが、その個性を確立するには、それぞれきっかけがあるようだ。たとえばゴッホの独特のタッチや印象的な黄色の使い方は、彼がパリからアルルに引っ越して「ひまわり」を描いたことがきっかけだと言われており、有名な作品はその時期以降に描かれたものが多い。
アルル以前のパリでは、モネやルノワールなどの印象派の画家たちをはじめ、スーラの点描や日本の浮世絵などに影響を受け、さまざまな技法を用いた作品を残したが、ひまわり以降の作品ほど評価は高くない。
柳原良平主義 ~RyoheIZM~
アンクルトリス(アンクル船長)は2.5頭身。そして、ちびまる子ちゃんも2.5頭身だ。これに気づいたときは驚いた。気付いた自分を褒めてやりたい!
ちびまる子ちゃんの著者、さくらももこは、ちびまる子ちゃんのキャラクターを完成させるにあたって柳原良平、またはアンクルトリスを意識などしていなかっただろう。両者ともすでに故人となっているので知ることはできないが。
山口瞳といえば、寿屋(現サントリーホールディングス)時代の柳原良平の同僚であり、「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」の名コピーを考えた人物として、本稿の読者ならすでにご存知のことと思う。
レイを首にかけたアンクルトリスとハワイ各島のイラストによる地図、そこにこのコピーが配された新聞の広告やテレビCMは大きな反響を呼び、この年(1961年)の流行語となるほど広まった。
アーティストはみな独自の個性を持っているが、その個性を確立するには、それぞれきっかけがあるようだ。たとえばゴッホの独特のタッチや印象的な黄色の使い方は、彼がパリからアルルに引っ越して「ひまわり」を描いたことがきっかけだと言われており、有名な作品はその時期以降に描かれたものが多い。
アルル以前のパリでは、モネやルノワールなどの印象派の画家たちをはじめ、スーラの点描や日本の浮世絵などに影響を受け、さまざまな技法を用いた作品を残したが、ひまわり以降の作品ほど評価は高くない。